陸別が好き。
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30これは!』ということで、これは写真を撮っておいた方がいいということになり、2人して慌てて写真を撮りはじめたんですね」。 低緯度オーロラは1958~1960年頃に秋田や新潟などでも観測されているが、当時のカラーフィルムは感度が低く、新聞社でもモノクロを常用していたため、カラー写真は1枚も存在していなかった。それ以来、オーロラは全く観測されていなかったが、さまざまな偶然や条件が重なって、突如目の前にオーロラが出現し、カラー撮影にも成功するという、奇跡のような出来事だった。このとき、北見の天文同好会などでもオーロラは撮影されていたが、モノクロ写真であったり、また、津田さんが新聞社や放送局などに早いタイミングで連絡を入れ、現像前のフィルムを丸ごと渡すなどしたため、もっとも注目を浴びることとなった。銀河の森天文台ができるまで 1987年に環境省の「星空の街・あおぞらの街百選」に選ばれたこともある陸別町。その時には、天文台建設の話が持ち上がっても実現には至らなかった。しかし、陸別天体観測所ができ、そこでオーロラが観測されたことで、天文台建設の機運が一気に高まる。 「銀河の森の土地の有効利用には、元々違う計画があったんです。しかし、その話はなくなって、何に使うかということで庁舎内で検討された中で、当初は天文台という名称ではなく、林道をつくって自然観察の観光施設にするといった構想があって、それもすんなり進まなくて、いろいろと選挙の争点になったりしたこともあった」と話す副島さん。 しかし、天文台建設の話が再び浮上し、環境省や名古屋大学などの研究機関から観測施設や機材を置かせてほしいという打診があったことも後押しとなり、陸別天体観測所ができて10年後(1998年)、ついに「銀河の森天文台」がオープンすることとなった。ファーストライトで見た星は…… 当時は、全国的にどの天文台も「日本一の望遠鏡」という冠を欲しがり、「日本一はどこだ」という争いをしていたという。「銀河の森天文台」の反射望遠鏡「りりくりで撮影されたシリウス。ファーストライトのエピソードは、8.6光年の光がつないだ物語。当時撮影されたオーロラの写真を前に語る副島さん。

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